インタビュー

[2024年度コンサートカレンダー冬号掲載]
福川伸陽(ホルン奏者)インタビュー

2024年12月5日 (木)

《メメント・モリ》〜誰もが向き合う問いをテーマに

取材・文:飯田有抄
写真:蓮見 徹

ホルン奏者としてソロや国内外のオーケストラ、さまざまな室内楽でも引く手数多の福川伸陽が、現代作曲家シリーズ「Just Composed 2025 in Yokohama」に登場する。今回のテーマは、「メメント・モリ」。“死を忘れるなかれ”と訳されるこの言葉を、今回の主題に掲げたその意図とは?

「人は何も分からずこの世に生まれてきますが、死については誰しもが考えると思います。やや暗いテーマのように感じられるかもしれませんが、『死とは何か』という問いは僕にとって昔から非常に重要なテーマでもあり、そこにフォーカスした内容でいつかコンサートをやってみたいとずっと思ってきました。  
『メメント・モリ』、つまり死を意識することによって、逆に『生きること』に目を向ける場合と、『死んだらどうなるのか』と考える場合と、二方向の視点が働くと思います。僕としては死そのものをどう捉えるかに焦点を当てて考えています。自分が死んでも世界は続いていくし、自分が積み重ねてきた記憶も感情もすべて消えてしまう——そう考えると、僕は怖くてたまらず、眠れない夜もあります。親しい人が亡くなる喪失感も、まったくポジティヴな感情ではありません。しかしそのネガティヴなものから、人は何を捉え、何を感じるのか、そこに重きを置いてみたいのです。  
このコンサートで取り上げるのは、作曲家が死に対して真正面から向き合った曲ばかりです。それを聴いた時に何を捉えるのか、そこに正解などはなく、だからこそ大切に感じていただきたい。お客様がどう感じ、何を見出すのかは、音楽家の側からコンロールすることはできません。僕らの役割は『投げかけること』だと思います。亡くなられた方のことや祖先のこと、あるいは来るべき自分自身の死など、さまざまに思いを馳せ、何かを感じていただけたらと思います」 

新作委嘱は坂田直樹〜色彩感あふれる作曲家

本シリーズでは、気鋭の現代作曲家に新作が委嘱される。今回は1981年生まれの作曲家・坂田直樹による新作が披露される。
「フランスで作曲を勉強されてきた坂田さんの音楽には、とても豊かな色彩感があると感じています。大編成のオーケストラ作品では楽器の組み合わせ方が自由自在で、一つ一つの音色の濃淡を付けることにも長けていて、さまざまな変化を聴かせてくれるのです。いろいろなことに好奇心を持っておられ、『メメント・モリ』というテーマについてお話したときも、深く関心を寄せてくれました。今回は4名の奏者で演奏する音楽を、どのような色味で描いてくれるのか、とても楽しみです」 

編成は、福川のホルン、小林沙羅のソプラノ、中恵菜のヴィオラ、務川慧悟のピアノという、極めて珍しい組み合わせのアンサンブルだ。福川が厚い信頼を寄せる、今をときめく奏者たちで構成される。
「中音域に厚みのある、とても珍しい編成だと思います。まずは曲目を決め、その上でどういった方々と共演していきたいかを考え、このメンバーでお届けすることになりました。昨年お亡くなりになった西村朗さんの作品《雅歌II》 や、R.シュトラウスの《四つの最後の歌》も、この4人の編成のために特別にアレンジされたものをお届けします」

現代音楽は抽象的だからこそ魅力的

リサイタルの際にも一曲は必ず、現代音楽をプログラミングするという福川。同時代の音楽の魅力とは?
「現代の音楽は、簡単に『楽しい』『悲しい』といった感情に定められないような、抽象的な表現が多いですね。そのため、聴く人それぞれに受け止め方の自由度が高く、同じ曲を聴いても呼び起こされるイメージや記憶がさまざまに広がるのがおもしろいところです。同時代人が発するメッセージ性を皆様がどう受け取られるのか、ご感想などフィードバックをいただけたら嬉しいです」

「Just Composed 2025 in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―」とは

「Just Composed in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―」は、気鋭の作曲家への新作委嘱、そして過去の委嘱作品の再演を軸として、同時代音楽を未来へ継承するシリーズ企画。1977年に横浜市が開始した「日本の作曲家シリーズ」を受け継ぎ、1999年に「Just Composed in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―」へリニューアルして以来、継続し開催しています。
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福川伸陽

ふくかわ・のぶあき|ホルン奏者
世界的に活躍している音楽家の一人。NHK交響楽団首席奏者としてオーケストラ界にも貢献した。ソリストとして、 NHK交響楽団、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団、京都市交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団、横浜シンフォニエッタ他と共演。 ロンドンのウィグモアホールをはじめ、ロサンゼルスやブラジル、アジア各国でリサイタルをするなど、世界各地から数多く招かれており、「la Biennale di Venezia」「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」「東京・春・音楽祭」などをはじめとする音楽祭にもソリスト・室内楽奏者として出演を重ねる。東京音楽大学准教授、国際ホルン協会評議員。


■公演情報 
 Just Composed 2025 in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―
 メメント・モリ
2025年3月8日(土)15:00開演(14:20開場)
会場:横浜みなとみらいホール 小ホール
詳細:https://yokohama-minatomiraihall.jp/concert/archive/recommend/2025/03/3496.html