受け継ぐホールオルガニストのバトン
2023年4月12日 (水)
[2023年度コンサートカレンダー春号掲載] 三浦はつみ・近藤 岳(パイプオルガン)インタビュー
取材・文:宮本 明
写真:蓮見 徹
昨年10月にリニューアル・オープンした横浜みなとみらいホール。ホールのシンボルであるパイプオルガン“ルーシー”にも大規模なオーバーホールが施された。2023年1月からは開館以来の人気シリーズ「オルガン・1ドルコンサート」も復活。さらに新たなオルガン企画も用意されている。初代ホールオルガニスト三浦はつみと2代目・近藤 岳に聞く。

─オーバーホールしたルーシーの音は?
近藤 性格は変わっていないので、「おかえりルーシー」という感じではあるのですけれど、音がすっきりクリアに、まとまりが良くなったと思います。そして鍵盤のアクション。相変わらずとても繊細なのですが、感触がいっそう繊細になったように感じます。普通大きい楽器では不可能なところまで表現できるルーシーのすごい繊細さを、弾けば弾くほど味わっています。
三浦 その繊細さは米フィスク社の楽器の良さのひとつですね。私はリニューアル後に聴いて、低音がさらに響くようになったと思いました。オルガンが変わったのかホールが変わったのかまだわからないのですけれど。低音の鳴らない楽器も多いですからね。
近藤 そうですね。
三浦 ルーシーがここに来た時、ホールの響きを予想してフィスク社の工房で作って来たものの、やはり低音が鳴らず、低音のパイプを作り直したり風圧を変えたりして、低音が鳴るように工夫していたんですね。
近藤 今回のリニューアルのために、ルーシーを作ったフィスクのお父さん(オルガンビルダー)がやってきて、「どう? 元気?」と、わが娘の成長過程をつぶさにみながら、もう一度愛情を注いでくれた。成熟のためにもう一度準備して、次の段階、第2章を迎えている。そんな印象です。
―この楽器は“ルーシー”という愛称ですが、オルガンは女性?
三浦 ドイツ語は“Die Orgel”だし、名詞としては女性名詞のことが多いでしょうか。
近藤 フランス語だと、単数は男性名詞なのに複数になると女性名詞になったりするんですよ。複雑ですね。
三浦 フィスクのオルガンは“She”と呼んだり“He”と呼んだり。やっぱり男性もあるみたいですね。でも、そもそも愛称をつけている楽器はあまりないんです。
近藤 ちょうど今日から(*)、横浜市の「心の教育ふれあいコンサート」というプログラムが始まったんですよ。一日2公演で全20公演。神奈川フィルが出演して、市内の小学4~6年生がのべ3万人ぐらい来ます。そこでオルガンの説明と演奏もするのですが、「この楽器にはルーシーという名前がついているんだよ」と説明すると、みんなが、「え! ルーシー?」と反応してくれます。名前のついている楽器なんだと、横浜の人には早い段階から知ってもらえる。親しみを持ってもらうきっかけになっていると思います」(*この取材は1月下旬に行なわれた。)

─新たなオルガン企画として2月に「オルガン・1アワーコンサート」がスタート。4月には二人揃っての出演も。
近藤 開館以来の「1ドルコンサート」のきょうだいライン。かたや30分で1ドル(入場料100円!)、かたや1時間で1,000円。「1アワー」は少しお話も多くして、「1ドル」よりもたっぷり、贅沢に聴いていただくコンサートです。新年度の始まる4月の最初のコンサートに、ぜひはつみさんをお迎えしたいとラブコールさせていただきました。お客様の前であらためてホールオルガニストのバトンタッチをするような局面にもなりますね。
三浦 プログラムはまず、幕開けにふさわしいバッハ。続いてブラームス。実は2020年に退任する時、ホールの歴代のスタッフさんたちが、ハードカバーの立派なブラームス全集の楽譜をプレゼントしてくれたのです。勉強しなさい! ということですね(笑)。その宿題の途中経過を持って帰ってきました。
作品122の《11のコラール前奏曲集》はブラームス最後の作品です。音は少なくてシンプルなのですが、音をどうつないでいくか、音をいつ置いていくかということを、ものすごく考えなければならない作品です。ブラームス本人も、シンプルだけれど、こういうふうに書くのは難しいんだと言っているんですね。小曲集ですけれども、密度が濃くて、勉強する要素がすごく多い。たいへん難しいです。あとはルーシーのカラフルな音色を聴いていただこうと思います。フランスのジュリアン・ブレの曲はちょっとおしゃれな感じ。
そして近藤さんの《春うらら》。荻野由美子さんがここの「1ドルコンサート」に出演された時に、近藤さんに委嘱してくださった作品で、日本人のよく知っている春の歌が6曲出てきます。季節もいいし、いろんな音色が使えるし。
近藤 はつみさんには、この季節に何度も選んでいただいてうれしいです。日本の春のメロディにちなんだメドレーのような曲。最初に〈春の海〉〈さくらさくら〉そして〈早春賦〉。意外なところで〈ちょうちょう〉が聴こえてきたり、〈チューリップ〉がこんなにオシャレになっちゃうの? みたいな。最後は〈朧月夜〉でしっとりと終わります。
三浦 そして最後はサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」の第2楽章後半部分です。近藤さんの編曲した連弾版を、近藤さんと一緒に。前の曲《春うらら》の作曲者がオルガニストとして登場! みたいな感じでご紹介できていいかなと(笑)。今回初めて一緒に演奏させていただきます。
近藤 これはもともと、「オルガン付き」を「オルガンのみ」でやったらどうなるの? という半分シャレみたいなところから考えた作品です。それが思いの外、最初からオルガンで弾く交響曲だったかのような、オルガンの良さを出せる編曲ができたので、みなさんが弾いてくださっています。ルーシーのように、たくさんの音色を切り替えていくコンビネーション・ボタンや3段の鍵盤があると、オーケストラの質感が出しやすいですね。
ピアノと違って、オルガンは鍵盤を押さえている間は音が鳴り続けていますから、音の鳴り止む瞬間、鍵盤を放す瞬間まで二人で揃えないとバラバラになってしまいます。そのデリケートなところもオルガンの連弾の醍醐味ですね。

─近藤さんは6月に25周年記念企画「Dive into the Future」も。ジャズ・ピアニストのスガダイロー、エレクトロニクス音楽の第一人者・有馬純寿、サクソフォン奏者・大石将紀とのアンサンブル。出演者の名前を並べただけでも独創的!
近藤 はつみさんの頃に始まったホールお誕生月のオルガン企画。切り口をちょっと変えて、何か未来的なものができたらいいなと。こういう面々と、まだ他のホールがどこもやっていないこと、ちょっとどうなっちゃんだ?というようなことをこの横浜みなとみらいホールでやりたいなと思いました。それがいよいよ形になりつつあるので、僕自身ワクワクしています。 休憩なし90分のコンサートの最後30分は完全に即興です。未来を見据えて外に向かっていくというのが共通のキーワード。誰かの音を聴いたらそれをきっかけに、何か仕掛けたり合わせたり。そうして生まれた音と、有馬さんのライヴ・エレクトロニクスで魔法をかけたような音が溶け合って、この空間に身を置くことで初めて体験できる新しい響きをみなさんと共有できれば。横浜みなとみらいホールはこれからも未来に進んでいくんだという、明るい、前向きな気持ちを持てる一夜になると思います。
三浦 近藤さんだったら何か新しいものを作り出してくれると期待していました。ああ、ついに。という感じで、すごくうれしいです!

三浦はつみ(オルガン)
みうら・はつみ
東京藝術大学器楽科オルガン専攻卒業。ボストンのニューイングランド音楽院にてアーティストディプロマ取得。横浜みなとみらいホールでは1998年の開館以来、2020年まで23年に亘りホールオルガニストを務め、オルガン事業の企画等に携わった。平成19年度横浜文化賞文化・芸術奨励賞、令和3年度横浜文化賞受賞。
近藤 岳(オルガン)
こんどう・たけし
東京藝術大学作曲科卒業。同大学別科オルガン科、同大学大学院修士課程(オルガン)修了。2006年文化庁新進芸術家海外研修員としてフランス(パリ)に留学。2004年から2018年までミューザ川崎シンフォニーホールのホールオルガニストを務める。2022年4月、横浜みなとみらいホール第2代ホールオルガニストに就任。
■公演情報


【6/9(金)】横浜みなとみらいホール開館25周年記念
Dive into the Future
全席指定2,500円(発売中)出演:近藤 岳(オルガン)、スガダイロー(ピアノ)、有馬純寿(エレクトロニクス)、大石将紀(サクソフォン)
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