[2025年度コンサートカレンダー秋号掲載]
阿部加奈子(指揮者/作曲家)インタビュー
2025年9月5日 (金)
横浜みなとみらいホールで新作「風の睦(むつ)び」を演奏
取材・文:城間 勉
写真:平舘 平
ヘアメイク:奈良原友美
横浜みなとみらいホールはこの11月、オルガンとオーケストラの音色を堪能する意欲的な演奏会~オルガン“LUCY(ルーシー)”プロジェクト~を開催する。これを機に、指揮者・作曲家としてオランダを拠点に活躍する阿部加奈子が自作の新作「風の睦び ~オルガンとオーケストラのための3章~」を同ホールで世界初演する。作曲者自身の指揮、ソリストは近藤 岳、管弦楽は神奈川フィルハーモニー管弦楽団。オルガンを用いた協奏的な新作は現代でも世界的にも稀少だ。阿部にとってもオルガンを使った曲を書くのは初めて。多忙なスケジュールの合間を縫って作曲に奮闘する彼女に今回の新作について訊いた。

港の詩情と人々の営み、そして文明開化~移り変わる横浜の情景を音で表出
作品のタイトルですが、オルガンを日本語では「風琴」と呼び、「睦(むつ)び」は「交流」「交友する」という意味合いを持っています。時代の違う横浜の地と、そこでずっと見守り続ける「風」、そして彼らの「交友」をオルガンとオーケストラになぞらえて考えてみました。
協奏的といってもパガニーニやヴィエニャフスキのようにソロが前面に出てオーケストラが合間に鳴るような構成でなく、私はむしろ“バロック寄り”の協奏曲、つまり合奏協奏曲のようにソロとオーケストラが頻繁に対話したり溶けあうような形式を考えました。オルガンは多彩な音色と壮大な音量を持っている音響体なわけで、要は2つのオーケストラが並んでボワー‼ と音を出すのと同じなんですよ(笑)。そのバランスをどうとるかが大きな課題ですね。3楽章構成となっていて、それぞれ異なる世界観を持つ内容です。

第1楽章は太古の日本のイメージ。春のうららかな薫風にのって花びらが舞う様をオルガンで表せればいいな、と。最初の「ある音型」が重要になるのですが、これはまだ秘密(笑)。この「音型」にどの様なハーモニーを付けられていくのかがポイントです。
第2楽章は時代が進んで江戸時代の神奈川。歌川広重の「東海道五十三次」の一つに宿場町を描いた版画がありますよね。宿が立ち並ぶ夜の港で、疲れた旅人たちがそこで満月をみながら思いにふけっている、そんな情景を思い浮かべる音楽にしたいと思っています。そのために笙を想わせる響き、オルガンで言えば『ナザール(鼻にかかったような音)』の音色を重点的に使って旋律的に表現したいですね。
パイプオルガンとオーケストラで紡ぐ躍動と色彩に溢れるサウンド

実は最後の楽章で難航していて試行錯誤しています(笑)。ペリーが渡ってきて日本は激動の時代を迎える。日本は鎖国をやめ横浜から世界に向けて開かれていく。異国の人たちや日本の商人たちが忙しく行き交う様子、それと共に馬車のリズム、遠くで聴こえる汽笛の音(これは第1楽章でも聞こえる)が交錯していくのです。
最終的には第1楽章の「音型」が一つにまとまり未来に向けて大音量で解決してゆきます。今回、オルガンパートを弾く横浜みなとみらいホール ホールオルガニストの近藤 岳さんは藝大時代の作曲科での友人だったという嬉しい偶然もあり、彼は横浜みなとみらいホールのオルガン“LUCY”を熟知しているので、音色を決定するストップの扱いやペダル(足鍵盤)の奏法など大きなアドバイスをもらって曲作りを進めています。私にとって大きなチャレンジとなりますがいい曲になると思うので期待していてください。
そのほかの演奏曲はドビュッシーの交響詩《海》とオルガンの名曲、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」。阿部の強みを活かしたフレンチプログラムで同ホールのオルガン“LUCY”を堪能したい。
阿部加奈子
あべ・かなこ|指揮・作曲
オランダ在住。指揮者、作曲家。東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後、パリ国立高等音楽院にて日本人初の指揮科学生として学び、オランダのフォンティス総合芸術大学大学院指揮科において修士号を取得。作曲、指揮を多くの著名な音楽家に師事し、ヨーロッパを拠点に国際的な活動を展開している。 2005年には現代音楽アンサンブル「ミュルチラテラル」を創設し、その音楽監督として活動。フランス・ドーム交響楽団の芸術監督兼音楽監督として活動する傍らアンサンブル・オロチの創設者兼音楽監督も務めている。生来の柔軟な思考から導き出される独創的な解釈と緻密なアプローチ、情熱溢れる演奏は、各地で高い評価を得ている。

■公演情報
阿部加奈子 指揮/作曲 横浜みなとみらいホール特別演奏会
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 ~オルガン“LUCY”プロジェクト~
2025年11月1日(土) 14:00(13:20開場)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
詳細:https://yokohama-minatomiraihall.jp/concert/archive/recommend/2025/11/4004.html
■小学生~18歳以下のお子様 無料ご招待企画!(A席/限定枚数)
同伴の19歳以上の方は、お子様の人数に応じて通常のA席料金の半額でご購入いただけます。
※詳細はこちらをご覧ください。
助成:令和7年度 文化庁 劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業