インタビュー

「プロデューサー in レジデンス」反田恭平から石田泰尚へ

2025年2月6日 (木)

2021年9月よりスタートした、国内外で活躍する演奏家をプロデューサーに迎える、横浜みなとみらいホール独自の取り組み「プロデューサー in レジデンス」。
レジデンス・プロデューサーとして、演奏家が企画制作からホールと連携することで、企画性の高い事業の提供を目指します。
2025年3月で任期満了を迎える第2代プロデューサー・反田恭平(ピアノ)と、同年4月から第3代プロデューサーに就任する石田泰尚(ヴァイオリン)による対談が行われました。
実は初対面となる二人。お互いのプロデュース事業の紹介をはじめ、第一線で活躍する演奏家ならではの話などからは意外な共通点も発見!しっかりとプロデューサーのたすきが繋がれました。
様々な話題が展開されたひきつぎの様子をお届けします。

取材・文:飯田有抄
写真:平舘 平

◆2代目、3代目プロデューサーの初対面!

—反田さんと石田さんは、本日が初対面とのことですね。「プロデューサー in レジデンス」のお話に入る前に、お互いにどのような印象をお持ちでしたでしょうか。

反田:石田さんは神奈川フィルハーモニー管弦楽団の顔ですし、「石田組」の組長ですから、お会いできるのが楽しみで、僕も今日はメガネを色付きにしてくるべきだったかなと、家を出てから悔やみました。実は衣装の面で、石田さんから影響を受けていたんです。ヨウジヤマモトをいつもステージで着ていらして、かっこいいな、と。日本のブランドを着るのは国際的な場でもいいなと思い、僕はショパン・コンクールで、ずっとヨウジを着ていました。石田さんはいつからかっこいい系の衣装を着るようになったのですか?

石田:自分はずっと、けっこうジャージだったんですよね。白ジャージ、赤ジャージ、黒ジャージみたいな。でも、楽器を変える時に全部イメチェンしようと思い、ヨウジヤマモトにしようと、私服から衣装からすべて買い替えました。

反田:楽器を替えるのは大きな決断ですから、そのタイミングだったんですね。

石田:2020年から京都市交響楽団の特別客演コンサートマスターに就任しましたが、京都の団員さんが絶対に似合う服があるからと、SOU・SOUのお店に連れて行ってくれました。以来、行くたびにザッと大人買いして、今私服はほとんどSOU・SOUです。  
   反田さんはもう、超有名というか、名前はもうずっと前から知っていましたが、なかなか共演の機会はなく、一生会わないのか、みたいな感じだったんですけど、こういう機会があるとは。

反田:実は僕にとって石田さんが一歩近く感じられたきっかけがあり、それは母なんです。ある時、母がよく行くご飯屋さんに石田さんのマネージャーさんが偶然いらしたそうです。そこでお話をして以来、母は石田さんのコンサートに通っています。僕のコンサート以外は、あまり他の音楽家の演奏会には行かないのですが、「石田組」だけは「何着て行こうかしら、楽しみ!」と出かけています。

◆プロデューサーの経験が与えてくれたもの

—では、「プロデューサー in レジデンス」のお話を伺いましょう。反田さんは2023〜25年の任期で、コンサートホールの楽器としての魅力の発信、子どもたちの未来につながる体験の創出、障がいや国籍の有無に関わらず多くの人々をホールに招くこと、そして独創的な企画の実施などを目標に活動されてきましたね。昨年度の「横浜みなとみらいホール 25周年音楽祭」[1]などを通じ、プロデューサーとしても、いちアーティストとしても、どのようなノウハウや気付きを得られたでしょうか。

反田:横浜みなとみらいホールは、僕自身も中学生から弾かせていただいている響きのいいホールですし、観光スポットとしても魅力的な横浜の街で、どうお客様を広げていくかを一番に考えてきました。
   「25周年音楽祭」は、ホール全体を使って25種類のコンサートを開きたいという、僕のわがままな発想から企画した催しでしたが、なんとか形にしていきました。その中では、流行しているもの、新しいもの、継続すべきこと、この三本柱を意識しました。例えば、人気のストリートピアノを取り入れたり、フラッシュ・モブ的な企画を考えましたし、夜景が素敵なホールなのでキャンドルライト(実際には蝋燭型のLEDライト)を使用した「キャンドルイベント」[2]というコンサートも企画しました。

石田:先程お話を伺って、「キャンドルイベント」はすごく気になりますね。

反田:自分にとって特に大きな思い出になったのは、「あなたが贈る音楽」[3]という、個人が個人に贈りものとしてコンサートをプレゼントする企画でした。いくつか開催しましたが、僕が演奏したのはあるご夫婦の回です。日頃の感謝はなかなか伝えられないけれど、音楽の場を借りて伝えたい、という依頼でした。人生を共にする長さや重みを目の前で感じさせてもらい、結構ウルウルきてしまいましたね。
   僕らは日頃、何ヶ月も準備してコンサートに臨むけれど、いろいろな心境で本番を迎えます。でもそれはお客さんも同じで、喧嘩したり、いいこともあったり、癒しを求めていたりとか、お客さん一人一人の人生があって、その中でホールに足を運んでいただいている。やはりアーティストは聴いてくださる方がいて成長するものだと実感しました。
   また、横浜みなとみらいホールの前館長で作曲家の池辺晋一郎さんに、僕が弾き振りをするピアノ協奏曲を書き下ろしていただいたこと[4]も大きな経験でした。自筆譜を受け取ったときには、強く責任感が沸きました。僕のオーケストラであるジャパン・ナショナル・オーケストラ(通称:JNO)のメンバーと意見を交わし合いながら、みんなで一つの曲に仕上げることができました。

各公演の終演後、ロビーでお客様をお見送りする音楽をお届けした「キャンドルイベント」。©藤本史昭
ホール前館長・池辺晋一郎氏の作品を初演。©藤本史昭

—反田さんがホールのオルガン“Lucy(ルーシー)”の演奏に挑戦する「オルガン道場」[5]も反響がありましたね。

反田:動画収録のカメラが多すぎて恥ずかしかったですが、再生回数も伸びているみたいですね。同じ鍵盤楽器といえども、やはりまったく違う楽器に挑戦するということが、どれだけ難しいかがわかりました。音楽家でも苦労するんだよ、ということを伝えたいと思ったし、すべての楽器奏者へのリスペクトをこめて公開しました。ルーシーは外国でもなかなか見ないほど大きなオルガンで、低音を鳴らすと椅子が震え、自分の臓器までが震えるという、とても立派なオルガンです。

◆新しい一歩を踏み出すきっかけに〜二人の意外な共通項も発覚?!

—石田さんは、この「プロデューサー inレジデンス」にというお話が来た時、率直にどうお感じになりましたか?

石田:えっ。   …という感じでした。

—これまでにもオーケストラのコンサートマスターや、「石田組」組長として、全体を引っ張りながらのプロデュース的な力は求められてきたかと思いますが、その「えっ」には驚きのような感情が?

石田:そうですね、はい。なんとういか、今まではずっと弾いてばかりでしたから、「企画とかプロデュースなんて、大丈夫かな」みたいな感じで。でも、だんだんと、ちょっとやってみようかな、と。

—現段階ですでにいくつかの企画案がございます。その一つが、石田さん自らが横浜市内の弦楽合奏部を指導する「弦楽合奏部応援プロジェクト」です。部活動などで弦楽器に取り組む中学・高校生のために、学校を訪問しての指導とのことですね。

石田:自分はこれまで、弟子をとってレッスンするといった指導はほとんどやってきていないんですね。たまに、オーケストラの入団試験のためにちょっとみてもらえませんか、というのはあるんですが。ですからこれを機会に、「指導」に自分自身が一歩踏み出す形でやってみようかな、と。
   自分は3歳からヴァイオリンを始めているんですが、実はずーっと楽譜が読めなかったんです。要するに、耳で聴いて演奏していた。今自分の出している音が何なのか、シャープなのか、フラットなのか、何調なのかもわからず弾いていたんです。感覚でやっていた。

反田:それは…結構なことですね…

石田:だから、よく俺ここまで来たな、と。

反田:すごい。今やブルックナーとかマーラーとか弾いているわけですからね!

石田:だんだん読めるようになったのは中学からです。それからは結構楽しくなってきて。それまでも伸び伸びやらせてもらってたんで、楽しかったですけどね。

反田:僕もサッカー少年でしたから、実は楽譜は6年生から読めるようになって、それまでは作曲も感覚でやってました。

—お二人に、「楽譜が読めなかった」というまさかの共通項が!お互いに感覚派だったのですね。

反田:愚問かもしれませんが、コンサートマスターとしてオーケストラを引っ張られる今は、オーケストラのスコア全体も読まれますか?

石田:一応。コンサートマスターとしては「俺、すべてわかってるぜ」というのを示すために。
   この「弦楽合奏部応援プロジェクト」では、自分以外の奏者も連れて行って、とにかく弾いて、音で伝えたい。あんまり言葉にするのが得意ではないのですが、一応僕の「通訳係」みたいなのがメンバーにいるんで、その方に言葉でも説明してもらいながら、やっていこうかな、と。

—また、お昼1時間のコンサート「サロンde ストリングス」を年に3回ほど開催予定とのことで、石田さんはプロデュースに徹し、演奏は横浜にゆかりのある「石田組」組員がなさいます。ピアノトリオ、ヴァイオリンとヴィオラの二重奏、そして弦楽四重奏を企画とのことですね。

石田:自分はおそらく出ません。多分。自分が出ないコンサートを作るというのは初めてですね。オーケストラは迫力があるし、ピアノ・リサイタルも人気でお客さんがたくさん入る。 室内楽って、やっぱりちょっと地味なイメージですよね。でもそうじゃないよ、室内楽もいいよ、というのを発信したい。うちの組員の演奏は本当に素晴らしいので、ぜひ小編成で聴いてほしい。

反田:日本のクラシック音楽シーンでは、オペラのファン、オーケストラのファン、リサイタルのファンとか特化したものを追いかける方が多いですね。その中で室内楽のファンはまだ少ないので、そこを石田さんの発信で、お客様も導入できる仕掛けを作っていただけたら、後輩としても非常にありがたいです。

—引き続き、「石田組」の「年末感謝祭」も大晦日に開催されます。2024年の昼の部は「石田組ジュニア」[6]として、小学生たちの素晴らしい演奏も入りましたね。

石田:かわいいです。毎回感動しますね。例えばロックなんて、子どもたちは普段絶対弾かないじゃないすか。それをね、何でしょう、あの熱い眼差しで弾いてくれて。メンバーもすごく感動している。この人たちに負けてられないな、自分も頑張らなきゃな、と思います。いや、もう負けてますけどね。あんなに小さいのに多分全員楽譜読めてますから、俺と全然違う。

「石田組ジュニア」との共演は「年末感謝祭」の恒例企画に。©藤本史昭

◆夢の共演も近い?!

—新旧プロデューサーとしての初顔合わせとして、楽しいお話をお聞かせいただきました。

石田:この4月からの2年間、自分が任期の間に「石田組」を中心としたオーケストラ公演を必ずやります。もし、タイミングやスケジュールが合えば、ソリストに反田さんをお迎えしての共演で、何かできないかな……と今思いましたね。

反田:実はそんな話が以前にも少しあったけれど、日程が合わず実現できなかったんですよね。もし参加できるなら、その時はヨウジヤマモトにサングラスで出たいですね。プロデューサーとして、石田さんらしいアパレルなんかも展開していただきたいなぁ。香水とか……。 今日はカリスマ性のある石田さんに実際にお会いできて、本当に嬉しかったです。

—ありがとうございました!

対談の様子はYouTubeでも公開中! ▶こちら からご覧ください。


「プロデューサー in レジデンス」

2021年9月よりスタートした、国内外で活躍する音楽家をプロデューサーに迎える横浜みなとみらいホール独自の事業。
演奏家が企画制作からホールと連携することで、音楽ファンの心に残る企画性の高い演奏会の実現、さらには様々なスタイルで音楽を楽しむことができるようになった社会で演奏家自身のプロデュース力の向上を目指します。

◆歴代プロデューサー◆
藤木大地(カウンターテナー/任期:2021年9月~2023年8月)
反田恭平(ピアノ/任期:2023年4月~2025年3月)
石田泰尚(ヴァイオリン/任期:2025年4月~2027年3月)

各プロデューサーの活動内容は、「プロデューサーの部屋」をご覧ください。

脚注

1:横浜みなとみらいホール 25周年音楽祭
反田恭平がプロデュースした、横浜みなとみらいホールの開館25周年を記念した音楽祭。2024年3月19日~3月24日の6日間の会期で約25公演を実施。ソロ、室内楽、そして反田率いるジャパン・ナショナル・オーケストラや、横浜みなとみらいホールの25年に縁の深いアーティストなどによる公演の他、世代や障がいの有無を越えて、あらゆる人々が自由に音楽を享受できる多彩な企画が並んだ。

2:キャンドルイベント
「25周年音楽祭」の各公演の終演後、ホワイエやロビーにLEDライトのキャンドルを灯し、お客様をお見送りするミニコンサートを開催。

3:あなたが贈る音楽
一般公募で家族・友人等、大切な方へ向けたプライベートな空間での演奏企画を募集。採用された企画は、反田ほか、ジャパン・ナショナル・オーケストラメンバーの演奏によって実現した。

4:反田恭平 ジャパン・ナショナル・オーケストラ 新曲演奏会
2024年3月23日開催。日本を代表する作曲家で、横浜みなとみらいホールの前館長を務めた池辺晋一郎が、反田の為に作曲した新作・ピアノ協奏曲Ⅳ《草が語ったこと》を反田恭平の弾き振りにて初演。 

5:反田恭平のオルガン道場
ホールオルガニスト・近藤 岳の指導のもと、反田がオルガン演奏に挑戦。半年間にわたるレッスンの成果を「25周年音楽祭」の中で披露した。 レッスンの一部はホール公式YouTubeチャンネルにて公開されている。

6:石田組ジュニア
大晦日に開催する「石田組 年末感謝祭」の特別企画の一つ。横浜みなとみらいホールがNPO法人ハマのJACKと協働して取り組む、青少年を対象としたコンチェルトソリストオーディション「金の卵プロジェクト」の中から10歳以下の部門の入賞者が、石田組の一員として一部楽曲で共演する。