インタビュー

[2023年度コンサートカレンダー冬号掲載]
鈴木雅明(オルガニスト)インタビュー

2023年12月5日 (火)

楽器の様式、時代などを超えたバッハの音楽の魅力を全開に

取材・文:片桐 卓也
写真:平舘 平

バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を率いて世界的に活躍する鈴木雅明が「オルガン・リサイタル・シリーズ47」に初出演する。
そこで選んだ作品がヨハン・セバスティアン・バッハの《クラヴィーア練習曲集 第3部》(抜粋)。しかもコラール合唱つきで演奏する。
バッハの作品の中でもあまり演奏機会の無いこの作品を選んだのはなぜか、そして「クラヴィーア」と題されているのにパイプオルガンを使った作品であるのはなぜか、などを伺った。 

「この曲のタイトルはドイツ語で<ユーブンゲン/Übungen>(ユーブング/Übungの複数形)と付けられ、つまり"練習曲"という意味なのですが、それは一般的に考えられるような指の練習のための作品という意味ではなくて、精神を鍛える、その音楽、楽器に向かう心を鍛錬するための作品という意味合いが大きいのではないかと思っています。それだけに、作品そのものがとても難しい。これをやる、と決めてしまった以上、やらなければならないのですが、これは本当に一生懸命練習しないとダメだなと今から思っています。
例えば《主の祈り》の〈天にいますわれらの父よ〉(BWV 682)では、オルガンは右手が2声部、左手も2声部、そこに足鍵盤が加わり5声部となります。さらに手で演奏する2声部ではコラール旋律がカノン(輪唱)となっていて、それを他の2声部が装飾するという、あまりにも複雑な構造となっています。
バッハはもちろん素晴らしいオルガンのテクニックを持っていたのですが、ここでは作曲に没頭してしまっていて、本当に演奏できるかどうかさえ考慮しなかったのではないか、そんなことも考えてしまいます」

クラヴィーアは17~18世紀当時の鍵盤楽器の総称であり、バッハの《クラヴィーア練習曲 第1部》はよく知られたパルティータを集めている。

「この第3部はオルガンの演奏技巧、そして自身のオルガン音楽の総決算としての意味合いも持っています。
それをコラール(賛美歌)、つまりルターの宗教改革の時に作られた賛美歌をモチーフにして、オルガンで演奏するために編曲したことで「ドイツ・オルガン・ミサ」というサブタイトルで呼ばれることもある訳ですが、今回は特別にそのオルガン曲の元となったコラール、バッハ自身が4声体で編曲したコラールをまず演奏し、それに続いてオルガン曲を演奏するという方法で演奏します」

そこにも、また歴史的な意義がある。

「2024年はマルティン・ルターがコラール、教会に集まる<会衆>が歌えるように、多くの音楽家として共同して賛美歌集を出した1524年から500年という記念すべき年にあたります。その200年後の1724年から翌年にかけて、バッハが「コラール・カンタータ」という特別なカンタータを40曲も作曲し、そこからも300年という記念すべき年にあたります。
J.S. バッハも1524年から200年後にコラールを用いたカンタータを作曲するという特別な意識をもっていたので、その精神を踏襲して、1524年にまつわるコラールが多数用いられている《クラヴィーア練習曲集第3部》を演奏したいと考えました。しかも教会ではなく、コンサートホールでそれが実現できるというのが、大きな意義を持つでしょう」

横浜みなとみらいホールが誇る巨大なパイプ・オルガン"ルーシー"にとっても、特別な演奏会となるかもしれない。

「この"ルーシー"はシンフォニックで、大きな可能性を持った楽器だと思います。パイプオルガンの中では19世紀のフランスで交響曲的発想を加えた楽器が発展しますが、その延長線上にあるパイプオルガンだと思います。しかも教会ではなく、コンサートホールに設置されているので、さらに可能性が広がっている、そんな気がします。その楽器で18世紀のバッハの音楽を奏でることは、バッハの多様なオルガン曲の魅力をさらに広げてくれると期待しています。
パイプオルガンは本当にひとつひとつが違った楽器で、設置された場所によっても個性が違っています。
現代のコンサートホール、そしてそこに設置されたオルガンでバッハの音楽を体験することに、きっと新しい発見があると思いますので、ぜひお出かけください」

鈴木雅明

すずき・まさあき|オルガン
1990年"バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)"を創設以来、バッハ演奏の第一人者として名声を博す。グループを率いて欧米の主要なホール、音楽祭に度々登場しており、雄弁かつ透明なサウンド、本質に迫る演奏アプローチで、極めて高い評価を積み重ねている。録音も多く、ソロでは『J. S. バッハ:チェンバロ全曲録音シリーズ』、『J. S. バッハ:オルガン傑作集』『ブクステフーデ:オルガン名曲集』『スウェーリンク:ジュネーヴ詩編歌』『J. S. バッハ:オルガン作品集 Vol. 1、2、3』などがある。近年はモダン・オーケストラとも活発に共演し、多彩なレパートリーを披露。2022年12月NYフィルなどに客演。2001年ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章、平成23年紫綬褒章など受賞。2012年バッハの演奏に貢献した世界的音楽家に贈られる「バッハ・メダル」、ロンドン王立音楽院・バッハ賞を受賞。13年度第45回サントリー音楽賞をBCJと共に受賞。2015年ドイツ・マインツ大学よりグーテンベルク教育賞、2021年Royal College of OrganistsよりRCOメダルを受賞。イェール大学アーティスト・イン・レジデンス、シンガポール大学ヨン・シゥ・トウ音楽院客員教授、神戸松蔭女子学院大学客員教授、東京藝術大学名誉教授、オランダ改革派神学大学名誉博士。
©Marco Borggreve


■公演情報 
 オルガン・リサイタル・シリーズ47 鈴木雅明オルガン・リサイタル
2024年3月1日(金) 19:00開演(18:20開場)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
詳細:https://yokohama-minatomiraihall.jp/concert/archive/recommend/2024/03/3130.html