インタビュー

館長と語ろう #2 八塩圭子×新井鷗子館長

2022年4月27日 (水)

第2回 八塩圭子×新井鷗子館長
社会における音楽ホールの役割 〜 Z世代の視点を生かす

新井鷗子館長(左)と八塩圭子さん(右) ©平舘平

本対談企画の第2回目は、元テレビ東京のキャスターで東洋学園大学教授の八塩圭子さんにご登場いただきました。同大学でマーケティングとメディアを専門分野として研究を進められている八塩さんに、マーケティング目線でコンサートホールやクラシック音楽の可能性についてお聞きしました。

あの生放送コンサートが、八塩さんと新井館長の出会い

新井:八塩さんとは、テレビ東京のキャスターでいらした時代からのお付き合いですね。私が構成を務めている「東急ジルベスターコンサート」[1]で、1995年から2002年にかけて司会を務めていただきました。その頃から、プライベートでもクラシック音楽のコンサートやお食事をご一緒してきましたね。

右:東急ジルベスターコンサート5周年記念CD「クラシック・コンシェルジュ」(キングレコード1999)ブックレット ©平舘平

八塩:東急ジルベスターコンサートは、クラシック音楽の楽しさに目覚めたお仕事でした。あのコンサートがきっかけで、オーチャードホールにも通うようになりました。

新井:八塩さんがマーラーにすごくハマっちゃった時期もありましたね!

八塩:ありましたね。テレビ東京ではオペラの取材などもよくあったので、積極的に関わるようにしていました。

マーケティングの観点からクラシック音楽産業を捉える

新井:八塩さんは2003年からテレビ東京を退職してフリーランスとなられ、大学院で経営学の修士号をお取りになりました。久しぶりにお会いしたら、大学の先生になられていました!

八塩:マーケティングや消費者行動をテーマに大学院で勉強を進めながら、その後もクラシック音楽と関係するお仕事も続けていました。今は東洋学園大学で学生を指導し、研究を進めています。せっかくなら、好きな分野であるクラシック音楽を研究対象にしようと考えました。クラシック音楽産業は、マーケティング的な戦略がほとんど練られてこなかったジャンルなんです。

新井:八塩さんから、マーケティングの観点からラ・フォル・ジュルネ[2](以下LFJ)の研究論文をお書きになりたいと聞いたときは、とにかく早く読みたい!と思いましたね。クラシック音楽業界の広報は、場当たり的に進められることが多く、音楽ホールから提供されるコンテンツとマーケティングとの整合性がほとんど精査されてこなかったので、そこを解明してくれたらありがたいな、と。

左:©平舘平 右:ラ・フォル・ジュルネ開催の様子 ©teamMiura 写真提供:ラ・フォル・ジュルネTOKYO

八塩:どんな業界の商品やサービスも、本来はマーケティング研究をした上で戦略を練らなければ、消費者からは選ばれにくいのですが、クラシック音楽はもともと市場が小さく、ファン層が固定化しているので、マーケティング調査の対象にされていなかったのです。しかし、ファン層の高齢化も進み、先細りしてきた現状に危機感が出てきました。「若者の音楽離れ」などとも言われますが、今はスポーツも、ゲームも、ネットも、アニメも、あらゆるジャンルがいわばライバルです。その中でどうすればクラシック音楽を選んでもらえるのか、今後はマーケティングやプランニングが一層重要になりますね。

社会におけるホールの使命と輝き

左:中学生プロデューサー活動風景 右:こどもの日コンサート2022チラシ ©平舘平

新井:八塩さんのLFJについての論文[3]によると、音楽ホールに社会的価値をつけることが、そのホールの経済的価値につながっていくと書かれており、なるほどと思いました。

八塩:LFJが多くの人に選ばれた理由は、プログラムや演奏の質の良さはもちろん、ショッピングエリアで買い物ができたり、屋台の食べ物が楽しめたり、お祭り的な気分があったり、半券で参加できるプログラムがあったりなど、周辺的要素によってファン層が拡大していることもわかりました。クラシックが大好きな層は音楽に、ビギナー層は周辺的要素に魅力を感じてもらう。そうしたことを意識したイベントの開発や、コンテンツ作りが重要ですね。日本のクラシック界では、あまり「お客さまの方を向いていない」現状がありました。「芸術だからそれでいい」という見方もあるし、もちろん消費者に迎合すればいいわけではないですが。

新井:横浜みなとみらいホールは、周辺的要素に恵まれています。横浜に遊びに来た人が、ホールにも立ち寄って音楽を楽しめます。ロケーションに恵まれているからこそ、コンサートもお客さまの視点や声を取り入れながら、コンテンツを強化したいと考えています。 その一環で、昨年から公募で募った「中学生プロデューサー」に活躍してもらい、「こどもの日コンサート」[4]を開催しています。テーマ、台本、チラシデザイン、曲順などもすべて、中学生たちが考えているんですよ。もちろんスタッフがある程度の交通整理はしますが、中学生が自分達で打ち合わせもしっかりやり、かなり大人なんです。

©平舘平

八塩:素晴らしいですね!私も大学のゼミ生たちと、企業に協力してもらい、プランニングを研究・実践していますが、それを中学生がやるとは! ホールにとっては未来のお客様になる人たちですし、マーケティング的にも重視されるべき取り組みですね。

新井:ホールやクラシック音楽というジャンルがもつ「特別感」は大切に残しつつ、なおかつ誰でも関われるものであってほしい。ひと昔前は、とにかくクラシック音楽の「敷居を下げる」ことばかり言われてきましたが、今は「下げる」ことなく、個別に丁寧な説明を大事にしたいと考えています。興味を持てば、みんな自分で勉強したくなりますから。関心を持ってもらえるような、キラキラした輝きをホールが作れたらいいなと思います。

八塩:Z世代と言われるような若い人たちは、とにかく社会貢献意欲がとても高い。環境やSDGs、多様性などへの関心、ボランティア意識や地域活動への参加意識など、とにかく社会や自分の身の回りを快適にしたいという思いが強いんですよね。大量生産・大量消費社会の時代は、若者はいい車に乗って、いいアクセサリーを身につけて……みたいなことへの関心が高かったけど、今は全く違います。
ホール本来の役割として、地域を活性化し、人の集まる賑やかな交流の場として機能してゆく使命がありますね。中学生プロデューサーの取り組みも、ホールがそうした使命・目的を実行する一つのプロジェクトだと思います。ホール側は音楽をみんなで分かち合いたい。中学生は実務経験を通じて成長したい。お互いにとっての価値を一緒に創造するところに、キラキラとした輝き、共通価値を創造する喜びが生まれます。

新井:横浜みなとみらいホールは、社会の中で誰にとってもアクセシブルで、地元の人たちに愛されるホールを目指しています。そのためにどうしたらいいか。今年は人材育成事業の一環として、八塩先生のゼミ生の皆さんにも関わってもらいます。

八塩:リニューアルオープン後のホールを軌道に乗せるため、マーケティング戦略とホールのブランディングを学生たちに研究してもらいます。一般大学の学生ですから、クラシック音楽の知識は深くはないけれど、だからこそ一般的な消費者目線で、周辺的な調査から始めて、秋には有効な戦略の提案ができたらと思っています。

新井:SNSによる広報戦略や、横浜の街とホールで楽しく過ごせるような若い視点からの提案を楽しみにしています!

東洋学園大学キャンパスにて ©平舘平

取材・文:飯田有抄
写真:平舘 平
題字デザイン:伊藤浩平
会場・協力:東洋学園大学
        東京の中心かつ文教の地である本郷で96年の歴史を有する。
        グローバル・コミュニケーション学部、人間科学部、現代経営学部と大学院現代経営研究科を設置。
        オフィシャルサイト:https://www.tyg.jp

脚注:

1.東急ジルベスターコンサート
Bunkamuraオーチャードホールで開催される、クラシック音楽で新年へのカウントダウンを行う大晦日恒例のコンサート。コンサートの模様の一部がテレビ東京系列およびBSテレ東で生放送されている。

2.ラ・フォル・ジュルネ
フランスのナント市発祥の音楽祭。日本でも2005年から2019年、ゴールデンウィークの時期に東京や新潟(2010年~2017年)など複数都市で開催された。(現在はコロナウイルス感染症の影響により開催見送り中)

3.八塩圭子「『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン』がもたらしたもの : 100万人集客の音楽イベントが創出する社会的・経済的価値」、東洋学園大学『現代経営経済研究』4(2),84-106 (2017-03-30)

4.こどもの日コンサート
毎年「こどもの日」に開催する、こどもたちによる、こどものためのコンサート。神奈川フィルハーモニー管弦楽団とともに、合唱やダンス、ソリストにこどもたちが出演し、会場のこどもたちと「こどもの日」を祝う。2021年からは中学生プロデューサーたちが講座に参加しながら企画・運営に携わっている。

参考文献:
田中洋 編著『ブランド戦略ケースブック2.0:13の成功ストーリー』(2021年、同文舘出版) 本書では「ケース06」として、八塩圭子さんが株式会社KAJIMOTOによる「地域を活性化させる革新的音楽イベントブランド」と題し、LFJが音楽祭というカテゴリーを超えてブランドとしての価値を持つにいたったプロセスを紹介しています。

八塩 圭子(東洋学園大学 現代経営学部 教授、フリーアナウンサー)

上智大学法学部卒業、テレビ東京入社。報道記者、アナウンサーを10年務めた後独立し、2003年からフリーアナウンサーに。法政大学大学院社会科学研究科経営学専攻マーケティングコース修士課程修了(MBA)。関西学院大学商学部准教授、学習院大学経済学部経営学科特別客員教授を経て、東洋学園大学現代経営学部に着任。専門分野はサービス・マーケティング、メディア・コンテンツ、SDGs。
局アナ時代に担当した東急ジルベスターコンサートを皮切りに、フリーになって以降も、クラシックコンサートの司会やクラシック番組のナビゲーターなどを多数経験。TBSラジオのクラシック番組で、ABU(アジア太平洋放送連合)賞、ラジオ・情報娯楽部門の最優秀賞を受賞。 池袋芸術劇場でのブランチコンサートの司会は2016年から継続している。

飯田 有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程、Macquarie University大学院修士課程通訳・翻訳修了。音楽イベントの司会や講師を務め、クラシック音楽の普及に尽力している。『レコード芸術』『季刊analog』『ぶらあぼ』等の音楽誌・オーディオ誌、CD、楽譜、演奏会プログラムに執筆。トイピアノ&鍵盤ハーモニカ「カメアリ・デュオ」として演奏活動を展開。著書に『ブルクミュラー 25の不思議』(共著、音楽之友社)、『ようこそ!トイピアノの世界へ』(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。