インタビュー

館長と語ろう #1 川畠成道×新井鷗子館長

2022年2月3日 (木)

 横浜みなとみらいホールのリニューアルオープンまで残り1年を切りました。このたび、再開館を心待ちしていただいている皆様へ新井鷗子館長と文化関係者との対談シリーズ「館長と語ろう」をお届けいたします。クラシック音楽文化をとりまく環境や公共施設の果たす役割など様々なテーマに関する対話を通じて、皆様が当館リニューアルオープンへの想いを馳せるきっかけとなれば幸いです。

第1回 ヴァイオリニスト川畠成道×新井鷗子館長
クラシック音楽におけるインクルージョン事業の可能性

川畠成道氏(左)と新井鷗子館長(右)©︎平舘平

本対談企画の第一回目は、ヴァイオリニストの川畠成道さんをお招きいたしました。幼少期に視覚障がいを負われ、その後ヴァイオリンと出会い、桐朋学園大学、英国王立音楽院での研鑽を経て精力的に演奏活動を続けてこられました。新井館長が企画プロデュースする暗闇での音楽会「ミュージック・イン・ザ・ダーク®︎[1] にもこれまで3回ご出演されています。

「インクルージョン」の発想が、全ての人を劇場へと繋ぐ

――――「インクルージョン」とは英語で「含むこと」「包含」といった意味の言葉ですが、昨今では多様性を認め合う「ダイバーシティ」といった言葉とともに、社会の中でしばしば聞かれるようになりました。音楽ホールと関連するところで、まずはこの言葉について、新井館長にお伺いしたいと思います。

新井:2012年に「劇場法」(正式名:劇場、音楽堂等の活性化に関する法律)が制定され、公共ホールでは「社会包摂事業」に力を入れていくことになりました。展覧会やコンサートを開くときに、例えば視覚障がいや聴覚障がいの方たちを含め、だれもが劇場に足を運びやすいようにしていこうということが全国的に考えられるようになったのです。その頃から「インクルージョン inclusion」という言葉も聞かれるようになってきました。
 大きなムーブメントのきっかけとなったのは、東京オリンピック2020ですね。川畠さんもサポート大使として活動され、パラリンピックの認知が上がりました。

―――― 音楽事業の取り組みのなかでは、インクルージョンの視点はどのように取り入れられているのでしょうか。

©︎平舘平

新井:例えば障がいを持つ音楽家の方にソリストとして出演していただくといったところから始まっています。東京藝術大学(新井館長は特任教授を務める)では2011年から「障がいとアーツ」いうイベントを企画して、いち早く取りかかってきました。

―――― そうした動きの広がりや認知度の高まりを、川畠さんはどう捉えていますか?

川畠:私は子どもの頃に視覚障がいを負いましたが、その後ヴァイオリンと出会い、演奏活動は20年ほど続けてきました。そうした中で、お客様やいろいろな方と接し、少しずつ認知度が上がってきているとは感じます。ただ、障がいといってもいろいろな種類や程度がありますから、理解はまだまだ十分ではありません。そのためにわたしたちも努力していかなければと。
 音楽家としては、「障がいにも関わらず」「障がいがあるのに」といった見られ方をされますと、やや違和感を覚える部分もあります。と言いますのは、例えば、障がいゆえにどこか別の機能が発達することがあるんですね。私の場合でいえば、楽譜を見ながら曲を練習しないので、覚える力が強いです。「障がい」がある意味プラスに働く要素もあるので、日々いろいろなことを感じながら活動しています。一般的なものの見方として、障がいも一つの個性、と言えるようになるのがひとつの理想ですよね。人それぞれが違うことを認め、違いを生かすことができる社会であってほしい。

左:©︎平舘平 右:「ミュージック・イン・ザ・ダーク」2019年の公演から ©︎藤本史昭

新井館長が実践してきた「ミュージック・イン・ザ・ダーク®︎」がもたらすもの

―――― 川畠さんのように活躍の場を切り拓いてこられたアーティストの方たちが、ますます活躍できるようになっていくのは、まさに「インクルージョン」の一つの形ですね。

新井:そうですね。これまで川畠さんのような方はやはり特別な存在でしたが、今後はソリストのみならず、障がいの有無に関わらずいろいろな方々が混ざってオーケストラを作るとか、そうしたことへと発展したらいいなと思います。
 私がまず取り組んだのは、視覚のある方とない方が全員「視覚情報を得ない」という、同じ条件下で演奏してみようというコンサート「ミュージック・イン・ザ・ダーク」という企画です。視覚障がいについて考える一つのきっかけになればと。2015年からスタートし、これまで6回開催しました。川畠さんには第3回から、計3回ご出演いただいています。
 横浜みなとみらいの小ホールの照明を落として完全な暗闇をつくります。暗闇の中では、目の見える方がどのパートの奏者も完全に暗譜しなければいけないし、普段やっているアイコンタクトも取れない。川畠さんは弱視でいらっしゃって、通常なら光は感じていらっしゃいますが、それも感じられない。また、ある全盲の音楽家のかたは、「普段僕らは視覚に障がいのない人がいるから安心して演奏できているのに、全員の視覚情報がなくなるのは不安だ」とおっしゃっていました。徳永二男さん(ヴァイオリン)は、真っ暗闇だと浮いているようで体を支えられず、立っているのも大変だ、と。

川畠:オーケストラでのアンサンブルですから、コンサートマスターは大変でしたね。

新井:いつもより激しく鼻息を吸ったりね。

左:「ミュージック・イン・ザ・ダーク」2019年の公演から ©︎藤本史昭 右:©︎平舘平

川畠:さきほどお話したとおり、私は記憶力が強く暗譜に問題はなかったけれども、私も完全な暗闇はなかなか体験できないものですから、やはり感覚的にどこか普段と違って、どこか研ぎ澄まされるような、普段とは違う聞こえ方がありました。体の感覚がより敏感に働いたような。でも全盲の方にとっては、逆にそれが普通の状態ということですよね。

新井:そうですね、視覚障がいのある方々にとっては暗譜で演奏することはあたりまえなので、ある意味で暗闇ではハンディキャップが逆転してしまうようなところがありました。全盲の方は平然と「今は電気消えてるんですか?ふぅ〜ん」と言って演奏していて、そんな感じでみんなで会話できたのも面白かったです。
 客席からも、いつもと違う感覚で音楽を聞けた、より音に集中できた、という感想が寄せられました。

川畠:普段のコンサートは、やはり視覚からの情報も多く得ているんですよね。奏者のルックスなども含めて。その意味では音そのものにより集中できる環境であり、純粋に音を楽しんでいただくことに繋がったと思います。また、視覚からの情報がなくなると、音楽を聴きながら自由な情景を思い描くような想像力が働くといったこともあったかもしれません。

新井:現在横浜みなとみらいホールが休館中ですので、2021年の12月5日には横浜能楽堂で開催しました[2]。藤原道山さん(尺八)らにご出演いただき、尺八と箏という、初の邦楽器でのミュージック・イン・ザ・ダークでしたが、もともと楽譜を見ないで演奏し、間合いを大切にする日本の音楽では、暗闇という中でも充実したアンサンブルを聴かせていただけました。

「ミュージック・イン・ザ・ダーク」2021年の公演から ©︎堀田力丸
©︎平舘平

だれにとってもアクセスしやすい愛される劇場を目指して

―――― 横浜能楽堂での公演には、客席にもたくさんの視覚障がいの方たちがお越しになられたそうですね。

新井:はい、ステージ上の奏者だけでなく、客席も障がいの有無に関わらず、多くの方が公演にアクセスできる環境を整えていきたいです。たとえば、チラシにも音声を読み上げるアプリと連動するQRコードをつけたり、チラシそのものに点字をつけたり、視覚障がいの方々の関係団体にメールでお知らせするなど、より情報を届きやすくするために、特別な方法をたくさんとったんです。そうしたら、本当にたくさんの方々に来ていただけました。プレイベントで「視覚障がい者のための鑑賞ガイド」を設け、尺八に触っていただくなど、出演者のみならずお客様に対しても、インクルーシヴな取り組みを強化しています。

川畠:おっしゃるとおり、視覚障がいがあると、演奏会情報などを得るのは難しいんです。1人で出かけることにもハードルがありますしね。私自身もひとつの活動として、アテンドの方の手配や、会場内のサポートの充実をはかる取り組みに働きかけてきました。障がいのある側も「こういうもんだ」と諦めてしまわずに、「段差が少ないとホールに行きやすい」といったことなど、何が必要なのかを私たちがはっきりと伝え、情報発信していくことも大切です。私も音楽家として、社会の一員であるわけですから、そうしたことをみなさんと一緒に考え続けていきたいです。
 日本の物理的なバリアフリーは、かなり広がってきましたね。今日もこちらに伺う際、このみなとみらい地区の周辺は歩きやすいなと感じました。ただし、心のバリアフリーはまだこれからですね。サポートを受ける側もする側も、双方が自然な状態として声を掛け合えるようになるといいですね。背の高い人が、高いところにあるものをちょっと取ってあげるのと変わらないような。

新井:本当ですね。音楽を聴きに行きたいと願う人たちにとって、横浜みなとみらいホールは、どんな方も足を運びやすくアクセシブルな、みなさんに愛されるホールにしていきたいです。バリアフリーもますます強化していきますし、ここで働く人たちもさっとお手伝いできるような、温かい雰囲気を育みたい。そうすることで、音楽が社会課題を解決する一助になっていけるのではと思っています。

みなとみらいの夜景をバックに ©︎平舘平

取材・文:飯田有抄
写真:平舘 平
題字デザイン:伊藤浩平
会場:横浜ベイホテル東急

1. ミュージック・イン・ザ・ダーク®︎

視覚障がいのある演奏家と視覚障がいのない演奏家によるアンサンブルが、照明をすべて消した真っ暗闇の空間で演奏を行うコンサート。2015年東京藝術大学主催イベント「藝大アーツスペシャル 障がいとアーツ」よりスタート。
暗闇では誰もが「視覚から得る情報がない」という同じ条件のもとで音楽を享受することになる。

2. ミュージック・イン・ザ・ダーク®︎ ~闇に響く音~

2021年12月5日に横浜能楽堂で開催した「ミュージック・イン・ザ・ダーク」第6回目の公演。 「ミュージック・イン・ザ・ダーク」シリーズはクラシック音楽のプログラムで5回の公演を行ってきたが、第6回目で初めて日本の伝統楽器によるアンサンブルで開催。
公演サブタイトル「闇に響く音」は、尺八演奏家の藤原道山氏が、「暗闇」という二つの漢字には共に「音」という部首が含まれていることに発想を得て創案。

川畠成道(ヴァイオリン)

視覚障がいを負った幼少期にヴァイオリンと出会い音楽の勉強を始める。桐朋学園大学卒業後、英国王立音楽院へ留学。1997年、同院史上2人目となるスペシャル・アーティスト・ステイタスの称号を授与され首席卒業。ソリストとして精力的な活動を展開、毎年数多くのリサイタルを行い、国内外の主要オーケストラと多数共演。CDはファースト・セカンドアルバムがそれぞれ20万枚の記録的大ヒットとなって以来15枚をリリース。「徹子の部屋」、「スタジオパークからこんにちは」などのテレビ番組にも出演。デビュー当初より音楽活動の傍ら積極的に国内外でチャリティコンサートを行う。中学音楽鑑賞教材や高校英語・現代文教科書などに映像や文章が使用される等、社会派アーティストとしても多方面に影響を与えている。2017年、文部科学省スペシャルサポート大使。
川畠成道オフィシャルサイト http://www.kawabatanarimichi.jp

新井鷗子(横浜みなとみらいホール館長)

東京藝術大学音楽学部楽理科および作曲科卒業。NHK教育番組の構成で国際エミー賞入選。これまでに「読響シンフォニック・ライブ」「題名のない音楽会」「エンター・ザ・ミュージック」等の番組、コンサートの構成を数多く担当。東京藝大COIにて障害者を支援するワークショップやデバイスの研究開発に携わる。著書に「おはなしクラシック」(アルテスパブリッシング)、「頭のいい子が育つクラシック名曲」(新星出版)、「音楽家ものがたり」(音楽之友社)等。
東京藝術大学特任教授、洗足学園音楽大学客員教授。横浜音祭り2013、2016、2019ディレクター。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程、Macquarie University大学院修士課程通訳・翻訳修了。音楽イベントの司会や講師を務め、クラシック音楽の普及に尽力している。
『レコード芸術』『季刊analog』『ぶらあぼ』等の音楽誌・オーディオ誌、CD、楽譜、演奏会プログラムに執筆。トイピアノ&鍵盤ハーモニカ「カメアリ・デュオ」として演奏活動を展開。著書に『ブルクミュラー 25の不思議』(共著、音楽之友社)、『ようこそ!トイピアノの世界へ』(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。