インタビュー特集 #1 三浦はつみ(ホールオルガニスト)
2020年10月27日 (火)
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1998年にオープンした横浜みなとみらいホール。以来、20年以上に亘って「海の見えるコンサートホール」として横浜市内はもとより世界中の皆様に愛されてまいりました。この度、耐震工事及び建物の長寿命化、バリアフリー化のため、2021年1月1日から2022年10月頃まで約1年10か月の休館となります。
一度皆さまとお別れするにあたり、開館初期よりホールに従事するスタッフにエピソードを聞く特別企画「休館するホールに想いを寄せて」をお届けいたします。全4回シリーズで、ホールオルガニスト、レセプショニスト、舞台スタッフ、事業企画スタッフの話を紹介してまいります。これまでご来場くださった皆さまも、当館に想いを馳せていただけましたら幸いです。
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第1回目に登場するのはホールオルガニストの三浦はつみ。開館より23年に亘りホールオルガニストを務めてまいりましたが、この12月をもって卒業する運びとなりました。11月の退任記念公演を前に横浜みなとみらいホールでのエピソードを聞きました。
大ホール楽屋にて
ホールオルガニストとしての仕事は大きく2つに分かれています。
1つは「オルガンのメンテナンス(保守・管理)」です。普段からパイプオルガンをチェックし、パイプオルガンの状態を安定させるため、曲を演奏しながら4,623本のパイプに満遍なく空気を通し、響きや音量、アクション等に違和感が無いかなど確認しています。そしてもう1つは「オルガン事業の企画・広報」です。23年間を通して力を注いできましたが、「オルガン・1ドルコンサート」や「盲学校オルガン授業」などは今でも続いている企画ですのでとりわけ思い入れがあります。
2002年より始めた「横浜みなとみらいホール ホールオルガニスト・インターンシップ・プログラム」は自分自身オルガン奏者として、演奏以外のスキルの必要性を感じ立ち上げたものです。1年間若手演奏家に事業の企画やホール運営、オルガン調整などを学んでもらうプログラムで、これまで23名が修了しましたが、他館オルガニストとして職に就いた修了生もいます。
パイプオルガン「ルーシー」との出会い
今振り返ると、横浜出身で日本のオルガニストの草分け的存在であった故・林佑子先生が導いてくれたのだと思います。
林先生は、アメリカ・ボストンのニューイングランド音楽院オルガン科主任教授を務められ、また、フェリス女学院大学(以下、「フェリス」)のオルガン科を立ち上げられました。その林先生の勧めもありボストンに1995年から2年間留学しました。今現在私がフェリスでオルガンを教えているのも、林先生からのお声がけがあってのことです。
ちょうどボストンに留学する頃に、横浜ではコンサートホールを作るプロジェクトが進んでいました。それが横浜みなとみらいホールです。大ホールにパイプオルガンを設置したいと考えていた当時の建設プロジェクト担当者が、林先生からアドバイスを受けて視察した、ボストン郊外のオルガン製造会社「C.B.フィスク社」(以下、「フィスク」)のオルガンに惚れ込んで、同社のオルガンに決定したそうです。
オルガン工房では新しいオルガンが完成すると「オープンハウス」というオルガンのお披露目会をします。留学して2年目、1997年の1年で最も冷え込む冬に、横浜に届く前のパイプオルガンのオープンハウスがタイミングよく開かれていて、そこで初めて「ルーシー」と出会ったことを今でも覚えています。
大ホールステージにてルーシーと
パイプオルガンの名付け親
私が1998年2月に留学から帰ってきた頃、横浜みなとみらいホールのパイプオルガンはちょうどフィスクの人たちの手によって最後の仕上げの段階でした。私はホールにちょくちょく出かけてその様子を見ていましたが、オルガンも完成に近づてくると、フィスクのスタッフも調整のためにオルガンの音を聴きたいらしく、「何か弾いてよ」とお願いされ、演奏したりオルガンについて話をしたりしていました。
そんな中で、オルガンの製造番号が110番なので「作品110」(Opus one hundred ten)と呼ばれていることに気づきました。私にはそれが囚人番号のようで不憫に思えてしまい、名前を付けることを提案しました。フィスクのスタッフはオルガンを呼ぶときに代名詞を使って「She」と呼んでいましたし、アメリカ生まれなのでアメリカ人の女の子の名前をつけてはどうかと思いました。そこで出た名前が「ルーシー」です。「ルーシー」はアメリカではテレビでもよく使われ、覚えてもらいやすい名前です。加えて名前の由来が「光」を意味するところも、新しいオルガンの音とマッチするなと思いました。そのことをフィスクやホールのスタッフに伝えると、「いいね」と賛同する声が多く、この名前が付けられたというわけです。
オルガン・1ドルコンサート
開館当初、ホールオルガニストとして実現したいオルガン企画を10項目ぐらい考えたのですが、その中の1つに「一般の人に広くパイプオルガンのコンサートを聴いてもらえるような事業の企画」がありました。気軽に来ていただけるようにできるだけ無料に近い料金にしたいと思っていたところ、オルガンがアメリカ製というのもあり「料金1ドルはどうかな? 1ドルは覚えやすくていいよね」というアイデアが出ました。それが後にホールで愛されるコンサートとなる「オルガン・1ドルコンサート」の始まりです。
演奏台へ向かう
3.11東日本大震災の中で
2011年3月11日の東日本大震災直後は、オルガンのことが心配で仕方ありませんでした。その日はフェリスに勤務していて横浜みなとみらいホールにはいませんでした。電車も止まってしまい大変でしたが、なんとか夜中には自宅に帰ることができました。中に入ると戸棚が全部倒れていて、楽譜からテレビからとにかく全部が散乱してしまい、床が見えないくらいでした。
自宅でこんなに被害が出たのなら、ホールはもっと大変なのでは? オルガンが太平洋に浮かんでしまったのでは? と、とても心配になりました。次の日、すぐ確認の電話をしたところ、被害は少なかったと聞いて安心しました。電話の後にホールに向かい、パイプオルガンの状態を確認したところ、調律が狂ってしまったパイプはいくつかありましたが、大きな損傷は無くほっとしました。
3月23日には、オルガン・1ドルコンサートをインターンシッププログラム第1期修了生の渋澤久美さんの出演で予定していましたが、渋澤さんがホールオルガニストを務める盛岡市民文化ホールが震災の避難所になっていて、渋澤さんは被災者や避難してきた人々のために尽力されていたこともあり、出演ができなくなってしまいました。
中止せざるを得ないと思っていた中、オルガニストインターンシップ修了生で構成する「Yokohama Lucys(ヨコハマ ルーシーズ)」の有志から、その日被災地に向けてオルガン演奏で祈りを捧げるコンサートができないかと声があがったのです。余震も続いていて不安もありましたが、当日は1500人ものお客様にご来場いただきました。コンサート終了後、被災地支援のための義援金を募ったところ、たくさんの方が協力くださって150万円も集まり、被災地へ無事届けることができました。
リニューアル後の横浜みなとみらいホールに期待すること
みんなが聴きたいと思うような王道を行くレパートリーを演奏するコンサートを引き続き企画してほしいです。「クラシック音楽は西洋からの借り物の音楽」という意識が日本ではまだ残っていると思います。ですがそうではなくて、「日常のもの・当たり前に存在して楽しめるもの」となっていってほしいと思います。
また、オルガンのコンサートでもいいですし、何か他のジャンルとのコラボレーションをしてもいいと思うのですが、高い芸術的価値を含んでいるコンサートの企画もしてほしいと思います。そして、横浜みなとみらいホールに行けば、それが聴ける!とお客様が思ってくれるようなホールになってほしいと思います。世界で1番の、最先端を走っている素晴らしいオルガン企画をやっているホールであってほしいです。
そして、2019年に開始した、横浜の街を舞台とするオルガン・フェスティバル「オルガンと横浜の街」が根付いていってほしいと思います。フランスの都市トゥールーズでも、オルガン・フェスティバルを昔から開催しており、質の高い、充実した企画を展開しています。その評判からフェスティバルを目当てにたくさんの観光客が訪れています。同じようなことを横浜でもやれるのではないかと思っています。
横浜は「よしやろう!」と声を上げ、目的に向かって1つになれる土地です。リニューアルオープン後、私はその時はホールにはもういませんが、市民の1人として、オルガン企画の応援隊として、外から「やろう!」と力強く声を上げていきたいと思います。
ルーシーがこれからもずっと光り続けてくれるよう願っています。
思い出の場所:オルガンルーシーの中
「守られている感じがして、落ち着きます。」
取材・文:横浜みなとみらいホール広報チーム
写真:平舘 平
題字デザイン:秋澤一彰
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● 三浦はつみ出演 コンサート情報
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