インタビュー

[2025年度コンサートカレンダー夏号掲載]
山根一仁(ヴァイオリニスト)インタビュー

2025年6月5日 (木)

30歳の誕生日にバッハの傑作で記す俊才の現在地

取材・文:柴田克彦
写真:平舘 平

 鮮烈な技巧と強靭かつ柔軟な表現力を持った俊才ヴァイオリニスト・山根一仁が、30歳の誕生日に横浜みなとみらいホール 小ホールにて、J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会」を行う。  
 全6曲からなる同曲集は、ヴァイオリニストの最重要レパートリー。山根はこれまで、各曲をたびたび取り上げているほか、全曲演奏会も2回行い、昨年9月には全曲のCDをリリースしている。それゆえ彼にとっては「自分の現在地を確かめることができる、あるいは現在地が変わっていくのを見ることができる」格別な作品でもある。
 むろん曲自体はヴァイオリン音楽の最高峰に位置する傑作だ。
「やはりバイブルですよね。音量が上がり技法も広がった近代ではなく、あの古い時代に、和声やリズムだけでかくもドラマティックな音楽を創造し、静かな楽章でも人間の心を“素”の状態にさせてくれる。まさに全ての人に届く音楽です」 

 バッハの作品は 「現代曲でもある」と山根は言う。
「毎回自分の新しい表現が、新しくしようとしなくても見つけられる。バッハは本当に懐が深い作曲家です。バッハの美しさはシンプルゆえに表れるものであり、神々しいと思わせながら少し人間味を出してくるような部分、遠い存在だと感じる部分と俗に近い部分が同居している。そこがバッハの魅力ではないでしょうか。それに無伴奏ヴァイオリン曲でも、トランペットやファゴット、あるいは人間の声を自然にイメージすることができます。そこを含めた懐の深さですよね」

 それだけに演奏には細心の注意が必要となる。
「心がけているのは、やはりシンプルであること。楽譜に忠実に…。とはいえ、ただ楽譜通り弾くだけではなく、ダンスのスウィング感といった情報を加えていくことも必要。そこが奏者のセンスだと思います。例えばパルティータは舞曲の連なりなので、その要素を踏まえた上でどこまでそれを忘れられるか? そのバランスがセンスです。なので、そうした重心を置くベストな場所、すなわち究極の重心を見つけたいと思っています。最近悩むのは人間味をどこまで出したらいいのか?ということ。私は人が弾いているようには思わせたくない。あくまで自然で、そこに音楽だけがある。そのように弾いてみたいですね」

 しかも演奏のたびに変化していくという。
「同じものになるわけがありません。そもそも音楽自体が一期一会だし、バッハは変わっていく人間としての変遷を全て許してくれます。ただし、それは自分が音楽と真摯に向き合った時にしかやってこない。そこがバッハの素晴らしいところでもあります」

 2015~22年にはドイツへ留学し、著名なヴァイオリニスト&指揮者クリストフ・ポッペンに師事。その際に受けた「バッハの音楽は基本的に自由。和声の重点など守るべきルールはあるが、ルールを超えた瞬間に自由が生まれる」などの教えも大事な指針になっている。

 なお、山根は5歳から20歳の留学前まで横浜に暮らした同市育ちの音楽家。横浜みなとみらいホールにも「6歳時の発表会以来、数多く出演している」。中でも小ホールは「本当にいいホール。弱音まで楽しめるので、無伴奏ヴァイオリンには間違いなく最高の舞台です」と言うから今回も楽しみだ。  
「2024年5月録音のCDと同年11月の全曲演奏では、僅か半年の間に大きく変わりました。もちろん自分が意識している中心的な部分=バッハの精神は変わっていませんが、その精神を表現する方法はどんどん変わっています。というより毎回自然に変わるのです」と語る山根。
 公演日に30歳を迎える俊英の「現在地」=「30歳になる自分がみなとみらいホールと作り出すバッハ」をぜひとも味わってみたい。

山根一仁

やまね・かずひと|ヴァイオリニスト
1995年札幌生まれ。中学校3年在学中、2010年第79回日本音楽コンクール第1位、およびレウカディア賞、黒栁賞、鷲見賞、岩谷賞(聴衆賞)並びに全部門を通し最も印象的な演奏・作品に贈られる増沢賞を受賞。桐朋女子高等学校音楽科(共学)在学中より国内外で研鑽を積み、様々なオーケストラや世界的ソリストたちと共演を重ねる。これまでに故富岡萬、水野佐知香、原田幸一郎、クリストフ・ポッペンの各氏に師事。2024年9月キングレコードから「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲集」をリリース。
©平舘平


■公演情報 
 山根一仁 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会
2025年7月29日(火)18:00(17:30開場)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
詳細:https://yokohama-minatomiraihall.jp/concert/archive/recommend/2025/07/3892.html